2006.07.24

『発酵は力なり』を読む

コメント欄でもちょっとだけ書いたが、吉田(仮)さんが貸してくれた小泉武夫の『発酵は力なり』(NHK人間講座 2002年6月〜7月期テキスト)という本を読んでみた。小泉武夫さんは東京農大の教授で、発酵がご専門。おそらくは『もやしもん』の樹教授のモデルになった方である。それで、『もやしもん』にウケた吉田(仮)さんが、こんなんありますよとうちに貸してくれたのがこの本。

で、この小泉センセイ、それこそ樹教授よろしく、発酵はスバラシイ、菌はスバラシイを連発される。僕は小説以外の本を読むとき、何かがいいか悪いかではなく、客観的かつ具体的な事実を知りたいので、価値判断にかかわるメッセージが強い本にはたいていついていけないのだが、小泉センセイはなぜか嫌ではない。僕自身が発酵はスバラシイと思っているからというのももちろんあるのだろうが、最後まで読んでその原因がよくわかった。この人のいっていること一つひとつが、なんというのだろう、食への愛のようなものに裏打ちされているのである。最後から二回目の講義、「日本食再考」などはある意味説教くさいことこの上ないのだが、僕は小泉センセイにまったく同感である。

この中に、韓国からの留学生にキムチをご馳走になったところ、とてもおいしかったのでどこで買ったのかと訊ねると、日本のキムチはちゃんと白菜を乳酸発酵させたものでないから、おいしくないし安心できない、だから自分で作っているのだ、と聞かされる、というエピソードが出てくる。

私は、彼らにとても感動しました。外国に来ても、自分たちの国の本物の伝統食品が食べたい。それがないのなら、自分たちで作る、という強かさにです。こんなすばらしい、そして逞しい若者がいったい日本にどれぐらいいるでしょうか。そのくらい、彼らは自分たちの食の伝統というものを大切にしています。

僕もとても感動しました。この次には、家に代々伝わる40ほどある家庭料理をまだ半分しかマスターしていないから、まだ結婚はできないというドイツの女性のエピソードも出てくる。ここで小泉先生が強調するのは若者が伝統を守っていくということの重要性なのだが、もう一つ忘れてはいけないのは、「自分で作る」という行為によって伝統が受け継がれていくということである。僕が下宿を始めたころに、最近の若者には米を洗うといったら洗剤で洗うもんだと思っているやつがいる、という笑い話があったが、これはあながち笑い話でもない。僕たちの世代のどれだけが米を正しく、おいしく炊いているだろうか。最近は家では揚げ物をしないという人も多い。キッチンが汚れる、油の処理がたいへんなどなど、気持ちはわからないでもない。でもそれじゃあ、もしも子供が生まれたら、豚カツも、コロッケも、カキフライも家で食べたことのない子供を育てるのだろうか。人様の食生活にどうこういうつもりはないのだが、せめて自分の子供が外国人に豚カツってどこで食べるんだと聞かれて「At tonkatsu restaurants」などと馬鹿なこといわないように、家で豚カツぐらい揚げたいものだと思う。

P1030029上述のキムチの話を読んで、この間買ったキムチはだいじょうぶかいなとおもい見てみると、ほら!、ちゃんとふたに「このキムチは乳酸発酵食品です」と書いてある(笑)。安心しました。旨みにかんしてはこれにも化学調味料は入っているので何ともいえないけど、やっぱり乳酸発酵独特の酸味はなんとなくわかるような。

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