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2007.09.08

F田の送別会、あるいは料理の本質

またまたずいぶんごぶさたしてました。何をしてたかというと、9月に入っていろいろ忙しかったというのもあるんだけど、じつは「おい長」デザイン一新のために、慣れないCSSと格闘してたんですね(笑)。やり出すともうはっきりいってキリがないし、商用のブログサービスの限界的な部分もあるし(というかメインページ、カテゴリページ……ごとのテンプレートとかどこに格納されているのかよくわからない)、ひとまずこれで07年秋版はこれで完成ということで、ようやくリニューアルです。ほんとは9月1日から新デザイン!、のつもりだったんだけど。その間たまっていた話とかもあるんだけど、せっかくの新デザインなので、昨日(日が変わって一昨日)のお話から。

かれこれ5年以上つきあっている後輩のF田が、来週からフランスはグルノーブルに行くことになった。僕はなんとなく海の近くだと思ってたんだけど、F田に話すと山の中ですよとの答え。そういえば昔は冬季五輪とかあったところだ。なんで海の近くと勘違いしていたのかと考えてみると、どうも、昔うちにある料理の本で、「舌びらめのフィレ、グルノーブル風」Filets de sole Grenobloiseという料理を見たのが原因みたい。今回そのレシピをよくよく読み直してみると、クルトンを使った付合わせが「グルノーブル風」なのだと。ついでにウィキペディアを引いてみたら、僕の好きな画家、アンリ・ファンタン・ラトゥールや、アンドレ・ザ・ジャイアントもグルノーブル出身なのだとか。F田のお目当ては、グルノーブルが自動人形制作者、ジャック・ド・ヴォーカンソンの生地であること(だと思う)。これについては近々一緒に仕事をすることになると思うので、ぜひともがんばってきてほしいところ。有名どころでは、スタンダールもグルノーブルの生まれです。

P1080291さて、能書きはいいとして、F田の送別会はうちで中華。写真は前菜盛り合わせのつもり。写真では隠れてしまって見えないが、皮蛋はうちでは焼いたピーマンを添えて、山椒風味のたれで食べるのがお約束。通称、ピータンピーマン(笑)。盛りつけもいつもこの妙に縦に細長い皿。この皿、5年ぐらい前にロンドンに行ったときコンランショップでついつい買ってしまったものなんだけど、乗せられるのはいつもきまって皮蛋。ちょっと可哀想かも(笑)。大皿の烏賊はヤリイカ。格子目を入れてさっと湯がいて、ケチャップを使った甘辛だれで。この甘辛だれ、五味汁(ウウェイヂィ)といって台湾でよく使われるものらしい。今回初めて試したのだけど、なかなか。くらげはふつうに甘酸っぱいたれ。その日戻したにしちゃ上出来かな。どれも量少なくてごめんなさい(笑)。

P1080293その後、蛤の和え物をはさんで(いちおう温かい前菜のつもりね)、おなじみ水煮牛肉。四川料理の中でも一番辛いとされる料理なのだそうだが、「一番」と謳われるわりにはお店のメニューで見ることは少なく、僕自身は一度しかお店で食べたことがない(それも朝までやっている池袋の中華屋だった)。なので、もっぱら手許のレシピと想像力で作っている料理。名前のとおり、牛肉を煮た(油通しをしたり、焼いたりは一切なし)料理なのだが、僕的にはちょっといい牛肉をさっと煮込むのが好きなのだが、手許のレシピでは使う部位はモモ、それも写真を見ると油がほとんど入っていない真っ赤な赤身だし、5mm厚に切ると書いてあるから、ちゃんと肉が柔らかくなるまで煮込むのが本来の姿なのかもしれない。今回はオージー・ビーフしか手に入らなかったので、それなりにちゃんと煮込んでみたところ、なかなか柔らかくできた。辛さのポイントは、最初に山椒と唐辛子を黒くなるまで炒めるところと(これは取り出して刻んでおいて、盛りつけた料理の上にかける)、その後で豆板醤をたっぷり使うところ。同じ辛さでも山椒と唐辛子を両方使うのは四川の定番だし、同じ唐辛子の辛みでも、鷹の爪と豆板醤といった具合に、辛みを重ねているわけだ。こういう辛みは厚みと奥行きがあるからとても心地よい。

P1080294そして海老のチリソース。日本では「チリソース」と呼ばれることが多いけど、煮て火を通すというよりは焼いたり揚げたりで火を通す料理。手許の中国料理の本を見ても、材料の海老やその状態にしてもいろいろだし(海老の種類、殻の有無)、卵を入れるもの入れないもの、酢を入れるもの入れないものなど様々だが、うちのエビチリは、僕が中華の師と仰ぐK納さんのエビチリの見様見真似。最近のK納さんは卵入りのエビチリをよく作ってはるのですが、僕は昔のK納さんのスタイルのまま。違うのは背中に包丁を入れるところと、尻尾を残すところぐらい。あとはできあがりの味かしら(笑)。

P1080298で、おなじみ麻婆豆腐。これこそ僕にとっては中華料理にはまる(食べる方も、作る方も)きっかけとなった料理。K納さんのところでK納さんの麻婆豆腐を食べて、これこそ本物の麻婆豆腐!、と思ったのがすべての始まり。中国に行ったことがあるわけでもないので、本物、というのは本場のという意味ではもちろんなく、大げさにいえば麻婆豆腐の本質を突きつけられるような麻婆豆腐だったんですね。それ以来K納さんのところに通っては麻婆豆腐をいただき、ことあるごとに質問をして、もちろん自分でも何度も作った。で、面白いのは、K納さんの麻婆豆腐を目指して練習してたはずなのに、最終的に僕が行きついた麻婆豆腐はK納さんのものとはぜんぜん違うものだったというところ(笑)。でもこのこと自体、K納さんの「教え」そのもので、K納さん風にいうと、「料理はな、どんなもんにしたいかによって、やり方もぜんぜん変わってくるんや」ということ。たとえば麻婆豆腐でいえば、豆腐を立てるのか肉を立てるのかでぜんぜん作り方は違ってくる。たとえば手許の料理の本では、中国人シェフの孫さんという人が、中国で麻婆豆腐は「酥(スゥ、肉のさくさくしたかみごたえ)」がないと本物だと思ってもらえないという話をしているんだけど、そんな孫さんのレシピでは、粗挽きの牛肉はかりかりになるまで炒められ、またその肉が柔らかくなってしまわないように煮込みは最小限。それでも豆腐が温かくおいしく食べられるように、豆腐をあらかじめ塩で下ゆでしておくというレシピ。僕にとっては麻婆豆腐のポイントはむしろ、豆腐をどうやって旨く食べるかというところにあるので、甜麺醤で味をつけてある肉や、豆板醤、豆鼓などから出る旨味を最大限豆腐に吸わせたい。そうなると煮込み時間は長くなるし、豆腐も水切りしておいた方がいいということになるし、肉にしても長く煮込んでもぱさぱさしない適度に脂身の入った細かいミンチ肉のほうがいいということになる。そんなことを考えてどうこうしているうちに、麻婆豆腐っていうのはたんなる「豆腐の肉味噌入りあんかけ」ではなくれっきとした煮込み料理であるということだとか、豆板醤っていうのはただの「辛みの素」ではなくて、「空豆の辛い味噌」というれっきとした発酵調味料であるということがようやくわかってきた。やり方もいろいろというK納さんの「教え」がわかってからは、既存の料理を何でもかんでも「自分流」にアレンジする前に、なぜそもそもそんなレシピになっているのかということを考えるようになった。いろいろ考えながら二、三度同じ料理を作ってみると、その料理の本質が見えてくる。これは麻婆豆腐に限ったことではぜんぜんなくて、それぞれの料理の本質は、そこで使われる素材はどう食べるのが一番おいしいかというセオリーに支えられている。K納さん風にいうと、「どんな料理でもな、ちゃぁんと理由があんねん」。それがわかってからは、「自分流アレンジ」なんかより、星の数ほどあるいろんな料理の意味を、自分でその料理を作りながら、そしてもちろん食べながら読み解くことの方が断然面白くなってきた。

さて、だいぶ話がそれたけど、宴会のほうはその後いつもの酢豚と、おまけの鯛×松茸(ぜんぜん中華じゃないのでこれはおまけ)を食べてカラオケに。ほんとは牛肉のカキ油炒めと、汁なし担々麺も用意してたんだけど、お腹いっぱいにつき終了。F田のアニソンも当分お預けです(笑)。

さて、うちにある中国料理の本の中から一冊を選ぶとするならば、間違いなく久田大吉さんのこの本。この日の料理の中では、烏賊の前菜(五味魷花片)、ピータンピーマン(青椒皮蛋)、写真はないけど蛤の和え物(拌文蛤)、水煮牛肉はすべてこの本から。料理の本を全部眺めてみても、これほどよく作ったという本はないだろうというぐらい、この本で紹介されている料理は作ってます。わずか100ページちょっとの中で62の料理が紹介されているんだけど、どれもほんとにおいしそう。うちでは久田さんの「吉華」に行くほどの入れ込みようです。

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