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2006.10.21

自分で醸そう!

 老悪魔は、イワンの国を歩きまわって、兵隊の募集を始めた。彼は、兵隊にはいるものにはひとり残らず、ウォーツカを一罎と赤い帽子がもらえると話して聞かせた。
 ばかたちは笑った。──「酒なんかわしらのところにはいくらでもある」と、彼らは言った。「わしらは自分で醸すのだから。」

P1040080P1040239このコーナーも知らない間に最後に書いてからもう二ヶ月近く。食べてみてくださいと人から頂いた「醸しアイテム」もあるのだがまだ手が出ていない。今日のネタは、だいぶ前に我が家で醸した、いわば自家製醸しアイテムの話。
 塩納豆の話はすでに書いたが、写真はその自家製ヴァージョン。じつはあの記事の後さっそく自分のところで塩納豆を仕込んでみたのだった。自分のところで塩納豆を仕込む最大のメリットは、好きな納豆を塩納豆にできること。このとき試したのは、丹波の黒豆納豆。京都らしいでしょ?(笑) とても不思議な感覚なのだが、普通に黒豆の納豆としていただくときよりも、なぜか生の豆に近いような「豆らしさ」を感じる。納豆菌による醸しが麹による醸しで中和されるわけでもないのにとても不思議だ。それはそれでなかなかおいしいのだが、塩加減が今ひとつちぐはぐな感じ。塩納豆は、塩、千切りの昆布、そして麹を納豆に混ぜこんで寝かすだけなのだが、どうも豆の中まで塩味が入らないから、普通の黒豆納豆のときよりも、豆の外側と内側の塩味の濃さの違いが気になるようだ。そういう意味ではもっと小さい豆で作るのがあるべき姿なのかな。それにしても、買ってしまったこの麹、あとは何になるんだろうか……(笑)

P1040721もう一つはこれ、吉田(仮)さんからだいぶ前に頂いた、ご主人のブラジル土産の唐辛子を塩水に漬けこんだもの。じつはこれをいただいたのは、小泉武夫さんの本を読む前のことなのだが(そういえば小泉センセイの本を最初に貸してくれたのも吉田(仮)さんだった!)、某バーにて、こうこうこんな唐辛子を大量に頂いたんですけど、保存って子になるとやっぱり、ペーストにするか、あとはオイル漬けか酢漬けですかねえなどと、Iマスターと某フレンチ・レストランの某Mシェフに相談していたところ、Mグラン・シェフから、海水よりちょっと薄いぐらいの塩水に漬けといても、発酵してちょっと酸味が出ていい感じですよ、とツルの一声。さっそく家に帰って、吉田(仮)さんに頂いた唐辛子を何種類か選び、ワイン・ヴィネガー、オリーヴ・オイル、そして塩水に漬けたのだった。バタバタしているうちにそんなこともすっかり忘れてしまっていたのだが、夏ぐらいになってから読んだ小泉センセイの本に、自分のところで唐辛子を漬けている四川料理のお店が紹介されていたのを見て、おお!、オレのところにもあるじゃない!、と思いだしたまではよかったが、すぐにまた忙しくなり壜の中の唐辛子はふたたび忘却の彼方へ。最近カレーをよく作るのだが、そういえばあれ使えるかも、ということでようやくデビュー。唐辛子の色がでているのはともかく、少し濁ってしまって何ともいえない状態だが、味は異常なし。漬けていた塩水をちょっとだけなめてみると、酸味ももちろん感じられるのだが辛いからい。カレーで使うと酸味が生きないので、今度は中華にでも使ってみることにしよう。

P1040730おまけに今晩、ふたたび鹿児島に帰郷したあずぶぅから、おばあちゃんが仕込んだ味噌を頂いた。あこがれの薩摩麦味噌である。今年はお米も使っておられるのだとか。9月28日に仕込まれたこの味噌、しばらくは常温で保存せよとのお達し、熟成するのが今から楽しみである。ちょっとだけ嘗めさせてもらったら、もう今でもじゅうぶんおいしいんだけどね(笑)。今年は天突婦人会(?)で、冬場に味噌を仕込もう!、という企画もあるらしくそちらも楽しみ。僕にとって忘れられない「手前味噌」は、かつて一緒に住んでいた、生まれも育ちも愛知県は安城というIのお母さんが仕込まれた、大豆の豆粒が残っている赤味噌。Iは高知に行ってしまったけれど、今からでも安城のIのお母さんのところで修行したいぐらいである。

P1040731自宅で醸しといえば、家人の糠床もなかなか好調。僕が以前糠床をしていたころは、僕の個人的な好みとしては古漬け風のしんなりした酸っぱい漬け物が好きだが、長く漬けるとどうも塩味がきつくて、などと悩んでいたのだが、最近になって、塩がきつくなる前に糠床からあげて保存しても発酵は進むというごくごくあたりまえの事実に気がつき、セミ古漬け量産中である。写真は家人の怠慢により丸二日糠床に入っていた胡瓜だが、塩加減も上々。僕の好みにはまだちょっとフレッシュすぎるので、冷蔵庫において明後日ぐらいが食べ頃かと。しかし、糠床はかき混ぜる人が変わると味が変わるとはよくいったもので、僕が糠床守(?)をしていたころとはまったく風味が違うのにびっくり。少しだけこぼれた糠を嘗めてみたら、家人の糠は何とナッティーな風味がある。どんな表皮常在菌を飼っているのだという気もするが、それもまたよし。天高く馬肥ゆる秋、米糠もいっぱい出るだろうから、もう一度オレ様糠床をやってみようかな。

せっかくだから、冒頭の昔話の結末も引用しておこう。身につまされる一節だ。

イワンは、今でもまだ生きていて、多くの人々はその国へ押しかけてくる。ふたりの兄たちも彼のところへ来て、彼に養ってもらっている。だれかが来て、「どうかわたくしどもを養って下さい」と言えば、彼は「ああよしよし!」と言う。「いくらでもいなさるがいい──わしのところにはなんでもどっさりあるんだから」 ただ、この国にはひとつの習慣がある──手にたこのできている人は、食卓につく資格があるが、手にたこのないものは、人の残りものを食わなければならない。

──トルストイ「イワンのばかとそのふたりの兄弟」中村白葉訳

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