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2006.08.15

チーズのこと

P1030913もう10年以上も前のことだろうか、フランス人はディナーのあとにチーズを食べるのだと聞き、僕はたいそうびっくりした。酒の肴として食べるのでもなく、食事の前の方で前菜的に食べるのでもなく、食事でいっぱいになったお腹に、さらに乳製品を詰め込むというのが驚きだった。人に話すと、日本人が漬け物を食べるような感覚なのだとまことしやかにいう人もいた。たしかにチーズも、大部分の漬け物と同じ、乳酸菌の力を借りて作られる醗酵食品ではあるが、僕にはたとえば懐石料理の最後にごはんに添えられて香の物が出てくるのと、フランス料理を腹一杯いただいたあとにチーズを食べることは、まったく次元の違う行為に思えてならなかった。しかし習慣というのは恐ろしいもので、その後それなりのフランス料理やイタリア料理を自分の金で食べに出かけることができるようになり、あちらこちらで食べ歩きをくりかえすうちに、ディナーの終わりが近づくと今日はどんなチーズに出会えるのだろうとついつい期待してしまう体になった。おいしいチーズが最高の状態で並んでいるチーズ・プラッターは、間違いなくそのレストランの魅力の一つとなる。思えばチーズに「状態」があるということですら、プロセス・チーズしか食べたことがなかったころには知らなかったことである。ワインについても同じことがよく言われるが、チーズは工業製品ではなく農産物なのだとつくづく思う。ラップで包もうと、冷蔵庫に入れようと、チーズは生きているのである。

チーズの世界がこれほどまでに広く、そして奥深いものであったということも驚きだったが、くせの強いチーズを自分自身がこれほどまでに好きになったということも以外といえば意外なことだった。僕も人並みに最初は白カビを気に入り、そして青カビ、やがてはウォッシュ、シェーヴルと好みが変遷していった。もちろん苦手を克服すべく努力しているわけではないので、自分にとってはあくまでも自然な流れなのだが、ウォッシュやシェーヴルを、これは苦手、という人を見ると、あれ、もしかしておかしいのは僕かしら、などと思うこともある。大げさにいえば、自分がいかにくさい物好きであるかをチーズをとおして知ったとでもいえるだろうか。しかしこの「におい」こそがチーズの一番の魅力でもある。しばしば猥雑な喩え方をされるこのチーズのにおい、自称発酵仮面、小泉武夫氏も『くさいはうまい』の中でチーズを論じた一章を「チーズは猥褻である」と題し、「最も強烈で、その上ハッとするほどの個性を持ち、そしてたいがいの大人ならニヤリとするような猥褻な臭みを持った」ベルギーのリンブルガーに触れ、あるいは部下に寝鼻にチーズをかがされたナポレオンが「おお、ジョゼフィーヌ」といったとされるエピソードを紹介している。あるいは、ペネルなるドイツ人は「ミルクは生娘、バターは花嫁、チーズは女房」と残しているのだと。醗酵学者である小泉武夫がこれらのエピソードを紹介するにとどめているのは少し不思議だ。というのも人間のかの部位には乳酸菌が常在しており、チーズの乳酸菌が腐敗菌からチーズを守るのと同様、他の雑菌からその場所を守っているのである。においの類似は偶然ではないのかもしれない。いずれにせよにおいに惹かれ僕はチーズ好きになり、そのチーズに僕は、チーズに限らず食べ物全般において香りも味のうちということを教えてもらった。今回からしばらく醗酵食品のことを書いていこうと思うのだけれど、そういったわけで最初にふさわしいテーマといえばチーズしかないと思った。

さて、冒頭の写真は、先日はル・ベルクールで久しぶりにチーズをお腹一杯いただいたときのもの。おそらくは京都で一番おいしくチーズをいただけるレストランである。この日の目玉は上の方に小さく見えているカレ・ド・ヴィーニュCarré de Vigneというチーズ。ウォッシュ・タイプのシェーヴルだと聞き、即、お願いした。ウォッシュでシェーヴルだというからとてつもなくくせのあるチーズかと思いきや、二つの個性が調和して濃厚なチーズに仕上がったという感じだろうか。多くのチーズは自分の見かけが与える印象を裏切らないと僕は思っているのだが、このカレ・ド・ヴィーニュも見かけが期待させてくれるとおりの味だった。

そんなわけで、かもしネタ、しばらくおつきあいください。

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