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2005.07.18

天天有のこと

僕の中での天天有ブームが始まったのは、5月の終わりぐらい、初めてCOCON KARASUMAの天天有四条烏丸店に行った日からのことである。前回このブログで四条烏丸店のことを書いたのは四条烏丸店に二回目に行ったときのことである。

天天有自体に初めて行ったのはもちろんずっと昔のことである。僕が京都に来たのが1990年、たぶんその年かその翌年のことである。開業は1971年(奇しくも僕の生まれ年だが)ということだから、ラーメン店としてはもうすでに老舗の域に入りつつあったころなのだろう。そのころといえば、京都のことなど何もわかっていなかったから、大学で京都に出てきた連中で、誰かがここが旨いという話を聞きつけてくると皆でそこに出かけるという具合だった。ラーメン店やおかわりし放題の店の情報はもっぱら体育会系の友人からやってくるのだったが、天天有に連れて行ってくれたのも、そのご多分に漏れず、体育会サイクリング部に所属していた友人だった。

天天有のラーメン、いや中華そばは、僕にとっては初めて食べる「甘い」ラーメンだった。そしてそれが──残念なことに──好きではなかった。炒めた玉葱や煮こまれたトマトにはそれぞれの甘味があって、その甘味こそが野菜の旨味なのだということすら知らなかった時代のことである。なぜかもわからずこのスープは甘い、とだけ思い、そしてそれが好きではなかった。

その後天天有に行ったのは去年に入ってからのことだった。このブログでもラーメンの話をわかったような顔をして書いているが、僕がラーメンを本格的に(というか大量に)食べるようになったのはつい最近のことである。特別な理由があったわけではないが、何となく思いつきでラーメンをちゃんと(?)食べてみようと思った。強いてきっかけを挙げるならば、この前も少しだけふれたMBSの『情熱大陸』で石神秀幸を見たことや京都の駅ビルに京都拉麺小路がオープンしたことだろうか。その後ラーメンをいろいろ食べ歩くようになり、天天有ももう一度行ってみなくてはなあ、というのが昨年再び一乗寺の本店に足を運んだ理由だった。

おいしい、とは思った。しかし僕は愚かにも、近くに数年前にできた人気店、東龍を意識したスタイルにかわったのではないかと勘ぐってしまった。言い訳だが、一つには、僕の記憶の中のなかでは、天天有はもっと醤油が利いたスープだったはずなのに、というのがあった。醤油の薄さに限らず、スープに溶け出したゼラチン質、野菜の旨味などいくつかの共通点はあるが、それらはどれも天天有のスープがもともともっていた属性なのに、僕の十年以上前の記憶の中にしっかりと痕跡をとどめていなかったというだけのことである。

ほんとうに天天有に目覚めたのは、意外なことに四条烏丸の支店に行ったときのことだった。「丸」、「角」とある中から、「丸」を選んだのだが、そのスープの甘味はまぎれもなく15年近く昔に食べたあの味だった。昔は好きになれなかった「あの味」が正直に美味しいと思えたことが何となく嬉しかった。今の本店以上に昔の天天有に近いのが、四条烏丸店の「丸」なのではないかと少し思う。しかし多くの天天有ファンがいうように、行くたびごとに味が違うのが天天有。本質は何ら変わることはないが、スープ、叉焼ともに微妙に塩加減が違う。最近四条烏丸店に通ってみて、僕が好きな「塩加減」は平均よりも若干濃いめかなと思うようになってきた。僕にとっては、塩や醤油の味はむしろスープの甘味や叉焼の肉の旨味も引きたてるためのものである。僕にとってのベストのときには、スープの甘味が口の中に一気にひろがり、また適度な塩気をもった叉焼からは肉の旨味がダイレクトに感じられ、これをむしゃむしゃと食べながら麺をほおばると、至福の一時である。そうでないときは、行けるところまでデフォルトで食べて、ちょっと淋しいなと思ったらラーメンダレを足す、そんな食べ方をしている。もちろんいつも同じように美味しかったりすると一番嬉しいのだけど、おみくじのつもりで楽しんでます(笑)

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