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2005.06.30

6月のラーメン

今日で6月も終わりということで、6月に食べたラーメン一覧。
BLOG作って調子よくなり食べすぎました、ハイ。
コメント希望のメニューなどありましたら、ぜひこの記事にコメントを。

6月30日 天天有四条烏丸店【四条烏丸下がる東側COCON烏丸B1F】「中華そば丸」〔¥630〕
6月29日 めいもん【烏丸十条東入る南側】「めいもんラーメン】〔¥800〕
6月27日 麺彩屋えなみ【丸太町新椹木通南入る東側】「和風らーめん」〔¥600〕
6月27日 はらちゃんラーメン【出町橋西詰】「並」〔¥550〕
6月27日 おいけラーメンさまた【烏丸寺之内上がる西側】「おいけラーメン」〔¥600〕6月26日 麺屋七福神【四条壬生川東入る北側】「九条ねぎタンメン」〔¥850〕
6月25日 天天有【東大路北泉南西角】「チャーシューメン」〔¥700〕
6月25日 京都さくら軒【西洞院新花屋町下がる東側】「濃厚鶏醤油麺」〔¥700〕
6月23日 包王 「ピリ辛ネギラーメン」〔¥550〕
6月22日 大王老麺【五条烏丸下がる東側】「ラーメン」〔¥580〕
6月22日 麺屋○竹【竹屋町堺町西入る北側】「背脂醤油」〔¥730〕
6月21日 京都さくら軒【西洞院新花屋町下がる東側】「ラーメン」〔¥600〕
6月19日 らーめん日本一【五条七本松下がる東側】「ミニラーメン」〔¥500〕
6月19日 宝屋西小路五条店【西小路五条下がる東側】「トロ肉チャーシューメン小」〔¥780〕
6月18日 尾道ラーメン山長【京阪守口市駅近く】「尾道ラーメン」〔¥700〕
6月17日 麺屋○竹【竹屋町堺町西入る北側】「中華そば」〔¥730〕
6月16日 天天有四条烏丸店【四条烏丸下がる東側COCON烏丸B1F】「チャーシューメン」〔¥780〕
6月15日 ちいふ【押小路小川西入る南側】「ラーメン」〔¥500〕
6月14日 京町麺屋たかくら【四条高倉上がる西側】「ラーメン」】〔¥680〕
6月13日 山頭火【川端三条南東角KYOUEN 1F】「ちびらーめん(しお)」〔¥650〕
6月13日 一神堂【河原町丸太町下がる西側】「一神堂そば」〔¥750〕
6月11日 上方ざんまい屋【京都駅ビル拉麺小路内】「内モンゴル塩ラーメンミニ」〔¥500〕
6月10日 志七そば吉田屋【東大路今出川東入る北側】「志七そば」〔¥600〕
6月10日 京平ラーメン【寺町二条下がる東側】「ラーメン」〔¥550〕
6月9日 大栄【烏丸椥之辻西入る南側】「ラーメン(しょうゆ)」〔¥650〕
6月8日 ラーメンやなぎ【東大路富永町南西角】「ラーメン」〔¥700〕
6月8日 博多一風堂錦小路店【東洞院錦小路東入る南側】「白丸元味」〔¥650〕
6月6日 天天有四条烏丸店【四条烏丸下がる東側COCON烏丸B1F】「中華そば角」〔¥630〕
6月4日 第一旭本店【塩小路高倉下がる西側】「特製ラーメン」〔¥750〕
6月4日 らぁめんつづら【七条壬生川西入る北側】「黒胡麻担々麺」〔¥900〕
6月3日 らーめんまあち【川端御蔭上がる東側】「らーめん」〔¥600〕
6月3日 鳳城【新町御池西入る北側】「担々麺」〔¥682〕
6月2日 らぁめんつづら【七条壬生川西入る北側】「つづらのらぁめん」〔¥650〕
6月1日 ラーメン名人【河原町松原上がる東側】「ラーメン」〔¥580〕
6月1日 元町【油小路下長者町下がる西側】「中華そば」〔¥550〕

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2005.06.29

料理の顛末、Chateau Clerc Milon 1999 : Pauillac

先週末の料理、顛末を書いていなかった。

結局金曜日の朝はちょっと寝坊、やることのわりには時間がなさすぎだったので、まずは用事に出かける。帰ってからは……うーん、けっこう大変だった。

まずは鶏ハム。朝のうちに塩、スパイスを取りのぞいておいたものを真空パックし、70℃の湯煎で30分。ほんとはもっと短くてもいけると思うのだが、こればっかりは火が通ったかを確かめる術がまったくないので、怖くていつも30分やる。湯煎のコツはできるだけ大きな鍋でやること、とにかくこまめに温度を見て、こまめにかき混ぜること。鍋の中の湯温が決めた温度をを超えそうになったら即水を加えてよくかき混ぜる。何度かやれば適切な火加減、どれぐらいの水を加えるとどれぐらい温度が下がるか、などがわかってくる。

パテ・ド・カンパーニュ。昨日からブランデー、塩、胡椒その他でマリネしていた肉をロボクープでミンチにかける。1kg程度だが、いつも3回に分けてかけている。ここに牛乳でふやけさせた生パン粉100g強と全卵3個を合わせたものを混ぜ、塩16g、胡椒6gを加えテリーヌ型につめ、160℃のオーヴンで湯煎で60〜90分。バラ肉の脂身のところを残しておき、角切りにして混ぜこむと「らしい」断面に見える。

鶏の湯煎が終わってパテ・ド・カンパーニュをオーヴンに放り込んだところで、サーモンのマリネの皮目を焼いた。で、できあがり図。

鶏は金曜日に師匠の家で撮ったもの、パテとサーモンは日曜日に家で残りを食べたときのもの。日曜日はカプレーゼ(また!)とパスタ、ワインもいっしょ。パスタはスイセン形(?:東京に行くとDean & Delucaに売っている)のショート・パスタにウニのクリームソース。ワインは近所で買った、Clerc Milon 1999。クレール・ミロンはなかなか。若干まだ固いものの、予想どおり果実味も出ているし、カカオ、バニラ系の香りもして◎。

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2005.06.25

限定 濃厚鶏醤油麺:京都さくら軒【西洞院新花屋町下がる東側】

今日は一日家で仕事。そろそろお腹も減ったぞということで、自宅から一番近いラーメン屋、京都さくら軒でごはん。

前回(6/21)来たときに期間限定・数量限定のメニュー、「濃厚鶏醤油麺」〔¥700〕があることを知ったのだが、その日は残念ながら売り切れ。で、今日は再度チャレンジというわけだ。

さくら軒さんは去年の6月12日、「つきじ」というラーメン屋さんの跡地にオープンした。何せ家から歩いて3分程度のところだから、オープンが決まってからは一日一日数えて待った(笑) スタンダードな「ラーメン」〔¥600〕は、やや色が濃いめのスープで醤油の香りが楽しめるラーメン。スープには肉味噌や揚げ葱が入っていてここからも味が出るのでそれこそ継時変化が楽しめる。赤身の叉焼も美味しいし、なかなかの一杯なのである。

それに対して今回の「濃厚鶏醤油麺」は見た目にはかなりこってりしたラーメン。スープの表面にはかなり厚めの脂の層ができているし、背脂もたっぷりと入っている。ところが、旨いコッテリではよくある話だが、食べてみるとそれほど脂っ気が気にならない。むしろそれも旨味の一部として感じることができる。こってりとしたスープが「滋味」にも近い旨味を演出しているという意味では、例えば吉翔などに近い部分もあるかもしれない(味つけという意味ではまったく違うスタイルだが)。そして何より「!」だったのが、またしても「醤油」。醤油が上手に使われ味の多いスープを一つにまとめているという印象を受けた。「鶏醤油麺」の名に偽りなしと実感した次第。叉焼もこちらはバラ肉なのだが、とろとろで旨いし、辛ニラのアクセントもいい。おすすめの一杯である。

ネットを検索してみたら、「自称日本一ラーメンを食べた男」大崎氏(氏も参加する「超らーめんナビ」は僕も利用させてもらってます)がさくら軒のことを書いておられた。氏にこのメニュー、食べてもらいたかったな〜。

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2005.06.24

料理の続き、そして「鶏ハム」

さて、昨日は家に帰って料理第二部。

まずさっきマリネしておいたサーモン。手元のレシピによれば1.5kgのサーモンのフィレに対して7.5時間マリネするのだそうな。マリネ時間が重量に正比例するのなら1.5時間だが、厚さは5倍も違うわけないが、とりあえず5時間は超えたしということでマリネ終了。手元のレシピでは、オリーヴオイルで空気を遮断し2日間寝かすことになっているが、何せ今日の明日には食べるので、とりあえずオリーヴオイルだけ表面になじませてふたたび冷蔵庫へ。

次は鶏ハム。まず鶏ハムとは何か、という話なんだけど、イギリスにはこういう食肉加工品が「Chicken breast ham」という名で実在する。日本で薄切りのロースハムが売られているときと同じようなパックにけっこう薄く切った鶏胸肉の「ハム」が入っているというもの。これがけっこう旨い。昔イギリスで見つけて以来似たものを作ろうとしていろいろ試してみたのだがこれがなかなか難しい。以前は塩、胡椒、その他スパイスでわりと長い時間マリネしてから、低温のオーヴンで火を通していたのだが、イギリスの鶏ハムのしっとりした感じはどうしても出ない。最近になってマリネする時間を短くし真空パックして70℃キープで加熱してみたところけっこういい感じだったので、ふたたびはまっている。今回は皮、筋をとった状態で250g程度の胸肉。塩、砂糖(これは初めての試み)、胡椒、フュネグリーク、カルダモンでマリネしてみた。普段はコリアンダーがメインなのだが、いずれにしてもこの辺のカレーに使うスパイスを多用すると、「カレー風味でおいしいですね」といわれてしまうので要注意だ。とりあえずマリネした肉を冷蔵庫に入れる。

間に家人と晩ごはん。今日はカプレーゼ、刺身、豚しゃぶでした。

他にもやっておきたいことはあったんだけどどうしても眠くてここで断念。

おまけに早起きしてパテに火を通すつもりが寝坊。
外に出る用事があるので帰ってから、か。

この顛末はこちらで。

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2005.06.23

パテ・ド・カンパーニュ、サーモンのマリネ

ブログのサブタイトルに「ごはん作って」を入れたのに、これまで料理ネタはなし(というかほとんどラーメンネタ)。ようやく初登場の料理の話です。

明日は恩師の京都のマンションでパーティー。師匠主催のパーティーは持ち寄りが基本。そんなわけで今日から仕込みをすることに。

持ち寄りはある意味気を遣うが(他の人は何をもってくるのだろう?、人とかぶったら?、場違いだったら?)、師匠の持ち寄りパーティーは「何でもあり」が基本である。飲み物はたいていワインだが、M君のカレー、A君の角煮などは今や定番。僕の定番はテリーヌ類である。

師匠のパーティーにあわせていろいろ作ってみたが、一番まともにできたのは一番最初に持参したパテ・ド・カンパーニュだった。今回は師匠のご退職を記念してのパーティーでもあるので、初心に返りパテ・ド・カンパーニュ。ついでにサーモンのマリネと、最近ふたたびはまっている「鶏ハム」、イル・パッパラルドに行って以来はまっている温泉玉子(笑)を作ることにしてみた。脈絡がなくていいのが何より嬉しい(笑)。

最初に手をつけたのはサーモンのマリネ。だいぶ前にとある本で皮をついたままでマリネするレシピを見て以来、そのやり方が気に入っている。もっとも悲しいかな、皮を残されてしまうことも多いのだが。今回もいつもと同じところ(じつは皮を引いてない刺身用のサーモンはちょっとだけ珍しい)で320gぐらいのノルウェー・サーモンを入手。岩塩と砂糖を2:1ぐらいで混ぜたものをまぶし冷蔵庫に。この状態でしばらくマリネした塩を洗い流しもうしばらく寝かす。それを明日皮目だけ焼いて提供、の予定である。

次にパテ・ド・カンパーニュ。僕の勝手な理解では、田舎で豚一頭つぶしたときに、ブロックをとれない部位の肉をミンチにして、ついでにレヴァーもあわせて、ちょっと塩胡椒を利かせて焼いて保存用にした、それでパテ・ド・カンパーニュ=「田舎のパテ」。こういう美しい歴史は邪魔したくないが、喉肉なんて手に入らないのでいつもモモ、カタ、バラ等を適当に混ぜて使っている。レヴァーも本当は豚のレヴァーを使いたいところだが、つぶした手の豚のレヴァーでもないので癖が気になる。大勢の人に食べてもらうと、かならず、私レヴァー苦手、という人がいるので、いつも鶏のレヴァーを使っている。たいてい1kgぐらいでやるのだが、今回はモモ421g、バラ317g、鶏レバー241gぐらい。今日のところは一口大に切って、塩、黒胡椒、ブランデーをふってタイムとローリエをのせて冷蔵庫に。こちらは明日ミンチにして型につめてオーヴンへ、という予定。

ここまで作業をしてちょっと外出。

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2005.06.22

前 衛 の 条 件 ・ 1

今日、というか日が変わって昨日は、帰り道に家の近所の「京都さくら軒」【西洞院新花屋町下がる東側】で一杯。去年の6月にオープンした店だが久しぶりにいったらちょっと前とテイストが変わっていた。もちろん美味しかったのですが。さくら軒の話は限定メニューができたようなのでそれを食べたときにでも書くことにして、最近考えたつまらない話を(笑) 前衛、の話です(笑) 今日は前編のみ。

人がびっくりするようなことをすれば何でも前衛というわけではない。既存の枠組にとらわれないことが前衛の必要条件の一つであるとしても、「既存の枠組に適合・順応[conform]すること」ほど厳しい条件にはならないから、既存の枠組にとらわれないだけではどんな作品でもできてしまうからだ。それらがすべて前衛だというわけではない。しかし前衛なる概念は、降ってわいたように立ち現れるものではなく、あくまでも「既存の枠組」との関連で捉えられるべきものであることは間違いない。前衛的な作品が行うのは、たんなる「既存の枠組」からのたんなる逸脱ではなく、旧来の価値観や、無意識のうちに前提とされていた概念の積極的な否定である。例えば、便器を作品として美術展に出品した「泉」をはじめとするマルセル・デュシャンの作品は、「レディメイド」という概念ともに語られる。それはこの概念が、「作品」は「作家」によって「創造」されたものであるという(ロマンティックな)「常識」と対立するからである。その意味において(その意味においてのみ、ではないが)「泉」は前衛的であった。

それではラーメンにおける前衛とは何か?

芸術は有用でなくてはならないという機能主義的義務を負わない。むしろ無用であることが芸術であるための必要条件になっているのではないかという気さえする(もしもデュシャンの「泉」が、それを観る者がそこで排泄を行うことを意図したインスタレイションであったなら、それは「作品の無用性」という芸術の前提を否定するという意味で「前衛的」であっただろう)。しかしラーメンはそうではない。ラーメンはおいしくなくてはいけないし、何よりも食べた人の腹をふくらまさねばならない。だから例えば、麺の入っていないラーメンやスープがお湯であるラーメンは、たしかに前衛的ではあるかもしれないが、もはや少なくとも商品としての「ラーメン」ではない。さらにこういう問題もある。例えば「泉」それ自体は前衛だったが、その後「レディメイド」を芸術の世界に持ちこむことはなかばあたりまえのことになった。今日ではそのような作品も立派に芸術作品──少なくともカタカナ書きの「アート」──であるとみなされている。つまり「既存の枠組」は前衛を取りこむ方向で拡張するのである。これはラーメンでも同じである。例えば(あくまでも例えば、である)、Wスープがラーメンの発達史の中のある時代において前衛だったとしよう。しかしそれは今日ではごくスタンダードな一つのラーメンのスタイルとなっている。ラーメンの方が、前衛が枠組の中に取りこまれていくスピードは速いだろう。それではラーメンに前衛はありえないのか?

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2005.06.21

おのらーのこと:山長【京阪守口市駅近く】

だいぶ日が経ってしまった。先週の土曜日は枚方で行われた某集会(というとなんか怪しげだが、真面目な会です)に参加。会でもいろいろな方と出会えて楽しかったのだが、一緒に行った友人がぜひにというので、昼休みに足をのばして守口の山長さんへ。枚方から守口は電車で数駅、10分ほどの道のりなのだが、友人曰くその値打ちはあるとのこと(もっとも彼はラーメン食べてそのまま守口の自宅に帰っていったのだが:笑)。

行ってみるとカウンターだけの店内は満席。外で少し待ってから店内に。店内にはいたるところにいわゆる蘊蓄が書かれている。それよればスープは鶏ガラ×豚骨×小魚×昆布×背脂、麺は尾道からの直送とのこと。またスープは熱いうちに、麺はのびないうちにとの観点から大盛、替玉はなし、スープの味がかわるからキムチもなし、さらにスープはどんぶりから直接飲むのがおいしいのでレンゲはおいていないとのことである。またベストな茹で加減の麺を提供するために、複数のオーダーが入ってもかならず一人前ずつ麺を茹でるのだそうである。そんなこんなで出てきたのは、けっこうクリアなスープのおのらーこと、尾道ラーメンだった。熟成をウリにした麺はぷにゅっとした独特の食感。おいしいのだがのびるのが早いので要注意。スープも旨味が強く非常にいい。スープにも背脂が入っているのだが、いったものとそうでないものと両方使っているのだという。叉焼はモモかなあ、八角が利いていて、時間が経つとスープにもほのかに八角の香りがうつる。

じつは僕は尾道でおのらーを食べたことがない、というか尾道に行ったことがない。正直、おのらーを謳ったラーメンは京都駅ビル拉麺小路の「柿岡や」をはじめあちこちで食べておのらーを知ったような気になっていた。今回も「本場」で食べたわけではないのだが、それでも、山長さんのおのらーはこれこそが本物なのだと思わせる説得力のある一鉢だった。

今回のおのらーで一番面白かったのは、このラーメンがとっても日本的なものに思えたことである。じつは例の蘊蓄書きには「和食としてもお進めできる」(ママ)と書いてあったのだが、それを読んだときはそんなたいした意味には思わなかったが、食べ終わってみて、妙に納得、なのだ。Wスープのラーメンに「和」っぽさを感じた入りするのとはぜんぜん違う。これが一つの和食の料理であるという気がしたのだ。その理由はうまく説明できないのだが、作られたWスープとは違い(だからといってWスープを否定しているわけではない)、日本のある地域の中で土地の素材を使いながらその土地の既存の食文化と融合しつつ独自の発展を遂げたラーメン、といったところだろうか。

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2005.06.17

「継時変化」の話:麺屋○竹【竹屋町高倉東入る北側】

この間酢が最初から入っているラーメンの話を書いたとき、ラーメンの「継時変化」の話にちょっとだけ触れた。以前人前で話をしたらおおいに笑われたので(笑)、ネタとしてはどうかとも思うのだけど、ちょっとだけ書いてみる。

僕がいうラーメンの「継時変化」とはこういうものだ。例えばワインを一本飲むとする。ワインは栓を開けてからずーっと同じ味がしているわけではない。時間とともに味が変わっていく。だんだん不味くなっていくだけならただの「劣化」だが、いいワインだと(必ずしも高い、あるいは高級なワインという意味ではない)徐々に果実味などが出はじめてより美味しくなる。これをワインが「開く」という。澱を取りのぞくためにワインをデキャンタにうつす「デキャンタージュ」は、いわゆる「固い」ワインを空気に触れさせ「開かせる」ための操作でもある。これに似たような「継時変化」がラーメンにもあるのではないかと思うのだ。

抜栓後のワインの継時変化は、コルクにより密閉されていたボトルの中のワインが空気と触れることにより、ワイン自体が化学的に変化するためだとされる。もちろんラーメンの場合、大きな寸胴に入れられていたスープが小さなどんぶりに移されたとたん化学変化をはじめる、なんてことはないわけだが、変化が起こるチャンスがないわけでももちろんない。

例えば多くのお店では、寸胴の中のスープといわゆる元ダレとをどんぶりの中であわせてラーメンのスープとするが、この両者は最初から完全に混ざり合っているわけではないだろう。寸胴からのスープの方は脂分も多く含むし、よく乳化したスープであればなおさら混ざりあいにくいはずだ。さらに麺の入った状態で僕たちがスープをちょっとやそっとかき混ぜようとしたところで、麺がじゃまになってそう簡単には混ざらないだろう。食べすすめるにつれ、あるいはどんぶりの中の麺の量が減るにつれ、元ダレの味がどんぶり全体に広がっていくのではないだろうか(そう考えると、食べ終わるころになって醤油味や塩味が強く感じられるラーメンがあることにも納得がいく)。継時変化の原因はこれだけではない。叉焼をはじめとした副材料もそれ自体の味をもっている。これがもつ味が溶けだしスープに広がるということだってあるはずだ。吉田屋さんのときにも書いたが、海苔をスープの中に入れっぱなしにしておくとその味がスープについてしまうことだってあるのだから。

変化するのはスープだけではない。こっちの方がもっとあたりまえのことかもしれないが、麺はスープを吸う。食べ出して一口、二口のころは、麺とスープとのからみがイマイチ、と思ったラーメンでも、食べすすめるほどに麺がスープを含み両者が馴染む、ということはよくあることだ(とくに京都四天王系ではそれも魅力の一つ)。麺の継時変化というと「のびる」という悪い面ばかりが頭に浮かぶが、麺がスープを吸ってこそ楽しめる変化もあるのだ。

もちろんこれらは意図されたことではないかもしれないが、「徐々に広がる旨味」を出すことを意図されたアイテムもある。例えば今日の麺屋○竹さんの「中華そば」に入れられた素揚げの葱がそれである(素揚げの葱の話も今週二回目、か…)。意図されてはいなかった要因や、このようなアイテムによって、一杯のラーメンが徐々に「開き」、食べ終わるころにようやく旨味が頂点に達する、ということもあるのである。食べすすめるにつれだんだんしんどくなってくるラーメンだってあることを考えれば、これはとってもすごいことじゃないか? 少なくとも僕はそう信じているし、そういうラーメンが大好きだ。一つだけ例を挙げるならば岡崎の「一番星」【丸太町白川西入る】。最初は頼りないのだが、中盤からどんどん旨味が出てくる。食べ終わるときには、あーもぅ!、今が一番美味しいのに!、と悲しくなるようなラーメンだ。

で、麺屋○竹。リニューアルしたということでいってみたのだが、前も美味しかったがそれがさらに美味しくなっていた。粗挽き胡椒が少しだけ振られていたり、先述の素揚げの葱がスープに入っていたり、前からされている工夫が以前よりぜんぜん生きていると感じた。スープも以前は鰹がやや目だっている印象をもったが、今回は非常にバランスのよいスープだと思った。巻きバラの炙り叉焼にしても、以前は焦げた部分が気になったが、今は炙ったことで例えば脂がとろとろになっていたりするのを素直に旨いと感じることができる。こういうのを、完成度が高まった、というのだろうか。

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和食の愉しみ、ワインの愉しみ

昨日は東京で働く友人とそのさらにお友達、というか同僚の方と、北山大宮下がるの割烹「乃し」さんで晩ごはん。

久しぶりのおいしい和食。一品目の長芋の素麺仕立てからすでにいい「予感」がピキピキ。最後の新生姜の炊き込みごはんまですべての皿が楽しかった。デザートのトマトのシャーベットも◎。どれもおいしかったのだが、強いてあげるならば、鮑の冷たい茶碗蒸し、豚の角煮をジャガイモで包み黒胡麻をまぶした饅頭が印象的だった。前者は卵の地に肝が練りこんであり、後者には白髪葱の素揚げが添えられていた。おいしい和食は料理そのもののインパクトだけではなく、そのディーテイルまで楽しめるのがよい。例えば胡麻豆腐に添えられていた山葵が美味しかったり、あるいは昨日の一品目は長芋にいくらをのせてだしをはってあるのだが、そのだしが印象に残ったり、という具合だ。一つひとつの細部にまで楽しませてもらったとき、僕たちの職人さんに対する経緯は頂点に達する。

その後はソムリエI氏の誕生日につき彼の店に。シャンパンでおめでとうの後、例によってブラインド。

Merlot 2001 : Midnight Cellars ○
Savigny-Lavieres 1er 2002 : Tollot-Beaut ×
Vosne-Romanee Les Hautes-Mazieres 1997 : Priure Roch ×

○とか×とかは美味い不味いではなくブラインドの結果です(笑) 惨憺たる結果やね(笑) 今日びっくりしたのは一杯目のメルロ。メルロらしい濃縮された果実味がきちんと出ていて◎なのだが、値段を聞いてさらにびっくり。これは買いである。閉店時間になったころに途中別行動だった東京の友人が合流し、朝方まで。例によってダヴィドフを吸って退散。

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中華そばの店 ちいふ【押小路小川通西入る南側】

日が変わってしまったのでもう一昨日の話。「スキヤキラーメン」で有名なお店に行ってきた。そういうメニューがあるわけではなく、お品書き上はあくまで、「ラーメン」〔¥500〕 これを頼むとおばちゃんが、「玉子いりますか?」と訊いてくれるのである。お願いしますと答えると、学生食堂の湯呑みのようなメラミンの容器に卵を一つ割りいれてくれた。

壁の貼り紙によると、この卵を溶いてスキヤキだれを混ぜ、そこに叉焼や麺をつけて食べるのが「スキヤキラーメン」らしい。出てきたラーメンはちょっと黒みの強い色の醤油ラーメン。油が若干多い気もするが、ごくごくふつうの醤油ラーメンである。さっそく玉子とたれを混ぜ、叉焼一枚、麺少々をつけて食べてみる。

これが旨い。じつに旨い。正直いって僕が予想していたのなんかよりはるかに旨かった。例えば新福の特製のような生玉子入りのラーメンなどとはぜんぜん違う(べつに新福がおいしくないというわけではない、別物だというだけだ)。玉子入りのラーメンというよりは本当にすきやきに近いのだ。すきやきというからには肉がメインでなくては困るわけで、とうぜん叉焼も多い。叉焼が残ったのでついつい玉子をおかわり〔¥50〕。

アイディアとしてはべつに特別なものではないのかもしれない。すきやきがおいしいように、肉+玉子を甘辛い味つけで食べたらおいしいし、玉子かけごはんがおいしいように、炭水化物にも玉子+醤油は合うのだから、ラーメンを玉子で食べたらおいしいのはあたりまえ、ともいえるからだ。ラーメンの方の醤油を強めにすると、この原理のおかげで玉子との相性がとてもよくなる。いずれにしてもこの「原理」がベースになっているということは、このラーメンがたんなる「アイディアメニュー」ではないことを意味している。ご店主は某ラーメン本のインタヴューで「すき焼きが好きなんです」とうそぶいておられるが、これがなかなかたいしたラーメンである。

しかしやっぱりご店主は「アイディアマン」のようで、今年の夏のイチ押しは「アイスラーメン」なのだそうだ。僕がスキヤキラーメンを食べている横で、隣のお客さんが件の「アイスラーメン」を食べていた。食べ終わったお客さんに「思ってはったようなもんでしたか?」とご主人。「どうやった?」と訊きたくなるのが発明家の性(笑) アイスラーメンがいったい何かここに書いてしまいたい気もするが、このご主人の楽しみを奪うわけにはいかないので、気になる方はぜひお店に(笑)

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2005.06.14

食べ方の自由とお店の主張

今日はあまりいい話ではないので、お店の名は非公開。とはいってもまだコメント0、トラックバック0なのであまり関係ないですが(笑)

今日もラーメン、行きました。いわゆる「背脂チャッチャ系」のラーメンが食べられるお店で最近できたとこ。いちおう解説しておくと(昨日も某所でWスープの話をしていたら、Wスープって何?、といわれてしまったので:笑)、「背脂チャッチャ系」というのは、銀閣寺ラーメンこと、「ますたに」に起源をもつとされる、スープに背脂が浮かんだラーメンのこと。「チャッチャ」というのはたぶん、背脂の入ったスープを網でこしつつどんぶりに入れ、網の縁ををこんこんとたたいたり、網を上下にふったりして網に引っかかった背脂をどんぶりに落としいれる所作に由来すると思われる(違っていたら教えてね)。じゃあ背脂をチャッチャといれたスープが全部「背脂チャッチャ系」かといわれるとこれは若干微妙で、どちらかといえば本家の「ますたに」に近いスタイルのラーメン、京都でいえば「ますたに」の暖簾分けといわれる「ほそかわ」(行ったことないけど行きたい!、という人がいたら、ぜひとも西小路花屋町の本店に!)、「ますたに」同様鶏ガラ100%に背脂の「珍遊」(僕にとっては「ほそかわ」本店と並んで好きな店、こちらも一乗寺の本店がおすすめ)などが代表格か。背脂チャッチャそれ自体についてはまたいつか書くとして、今日の話に関係のあることだけ書くと、「背脂チャッチャ系ラーメンには酢がよく合う」という定説がある。

僕がそれを「定説」だというのは、あちこちで耳にする話、目にする光景だし、実際それをやってみると旨い、というただそれだけの意味においてだ。あちこちで耳にする、というのは、今ではラーメン本にまでそんなことが書いてあったりするぐらいだし、今日行った店でも、「味を三度楽しむ」には胡椒をふって、粉唐辛子を入れて、酢を回しいれるとよいとカウンターの貼り紙に書いてあった。ところが、である。出てきたラーメンにはすでに唐辛子も酢も入っていたのである。

正直にいうと、じつはこの店のラーメンは酢が入った状態で出てくることは、某先達氏のサイトで読んで知っていた。しかし酢の入ったスープを一口すすった瞬間、僕は違和感を感じざるをえなかった。なぜか。

酢の入っていないヴァージョンと酢の入っているヴァージョンと、両方試してみたかった(ふつう僕は麺が残り1/3ぐらいになったところで酢を入れる)というのはもちろんあるが、それはひとまずおいておこう。問題は複雑だ(そうでもないか)。僕は「背脂チャッチャ系には酢がよく合う」というテーゼを「定説」として信じているのだから、「選択の自由がほしかった」ということにはならない。それに、同じように最初から入っていた「唐辛子」については何も異論はないのだから、やはり「選択の自由」が問題だと考えるのは不自然だ。そもそも「選択の自由」という概念は幻想でしかない。例えば麺の種類や茹で方、あるいは叉焼をはじめとしてトッピングなどを自由に選べる店があったりするが、どれもこれもどうしますか?、と尋ねられると、オタクはどれが旨いと思ってんねん!、と苛立ちを感じることもある。所詮僕たちは、美味いものを勧めてもらいたい、その上でどう転んでも不味くはならないいくつかの選択肢の間で、ちょっとだけ「選択の自由」を楽しみたい、と思っているにすぎないのだ。

同じように「定説的」には「合う」と思っていて、実際すんなり受けいれられた唐辛子はどうだろう。唐辛子にしても「選択の自由」が存在したっていいはずだ。でもそうだと思わないとすれば、これは食べ手が選択するものではなく、唐辛子の入った状態で食べてねというお店の「選択」を受けいれようと思ってしまう何かがあるのだろう。ある意味、他の調味料や麺の種類云々と同じで、それをお店の「スタイル」として受けいれているのである。

唐辛子は「お店の主張」として受けいれられるのに、おいしいはずの酢は「選択の自由」を以上の理由で受けいれられなかった──その原因は、最初から酢の入ったスープが思ったほど、つまり「背脂チャッチャ系には酢がよく合う」という定説が保証するほどおいしくはなかったということを意味しているに他ならない(こんだけ引っぱったわりには貧弱な結論だな、我ながら)。この秘密は、ラーメンの継時変化にあると僕は睨んでいる。だんだんギャグ線になってきたところで今日はお開き。また明日。

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2005.06.13

一神堂【河原町丸太町下がる西側】

たしかこの辺に行ったことないラーメン屋があったはず……と思いながら河原町通を自転車で走っていると怪しい屋台風の店を発見。外からは名前もわからなかったのだが誘惑に負け入ってみる。

中に入ってわかったのは「一神堂」という名前だということ、イチ押しのメニューは、「一神堂そば」〔¥700〕だということ。とりあえず一神堂そばを注文。メニューによればこのメニュー、「豚骨あさり塩味」ということなのだが、僕は「あっさり」と勘違いした(笑)

やたらできあがるのに時間かかるなあと思いつつ店内の壁に東龍のカードを発見。それで思い出した。東龍の新店があさりのスープをやっている、その話読んだことあるじゃないか!

一口飲むと、おや、っと思うぐらい旨味が薄い。その分塩味が立っている。あさりの旨味があまり目立たないといわれればたしかにそうなのだが、ラーメンスープ一杯分に対してあさり小6つ(割合的には大名汁ぐらいかな?)だから致し方なかろう。しかしそれでもこのあさりがスープ自体に旨味を一つ加えていることは、食べすすめるほどによくわかる。スープ全体としては胡椒、唐辛子の辛みで上手にまとめられている。麺はいつもの東龍の玉子麺だろうか。ほんのわずか細めのストレート麺で、食感もよいし喉越しもよい。叉焼は赤身と脂がだいぶ入ったのとを一枚ずつ、分厚く切って入れてくれる。いくぶんぱさっとした感じがあるがこれをむしゃっと食べるのがよい。他には細切りメンマ、搾菜、青葱斜め切り、海苔。その他にも生姜なども入っていたような。

こういったラーメンを総称すると、「ニュー・ウェイヴ系」ということになってしまうのだろうか? ニュー・ウェイヴ系のラーメンについてはいろいろ考えることも多い。あさりのあの濃いだしをスープにというアイディアはとりあえずおもしろいし、あさりが味の中心に座っているわけではないにせよ、その試みはかなりの程度まで成功している。ただしパスタ・ソースのヴォンゴレ・ロッソ(上手に作った、ね)のようなパンチがほしいのも事実だし、あさりバターにおけるバターの役割を豚骨スープが果たしてくれていたらもっと面白いのに、と思わないでもない。スープの量を少なくして、つけ麺で、という選択肢はなかったのか、とかも考えちゃうかな? ニュー・ウェイヴ系ラーメン(?)については、もうちょっとネタがたまったらまとめて考えてみます。

とにもかくにも先月の26日オープン。これからが楽しみ。

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2005.06.11

Wスープのこと:志七そば吉田屋【東大路今出川東入る北側】

京大の農学部の近くに今年2005年の4月にオープンしたお店。志七そば〔¥600〕を食べてみる。

豚骨、丸鶏を使った動物系×和風スープの、いわゆるWスープの志七そばは、いかにも和風といったどんぶりで登場。真ん中には細長に刻んだ白ネギがうずたかく盛られ、そのまわりには青葱が散らしてある。非常に美しく、それだけでも丁寧なお仕事ぶりがうかがえる。スープは若干にごっているのだが、それだけにコク、旨味も十分、じつにいい。 麺は細手のストレート麺。スープにはとても合っているだけにいくぶん腰が弱すぎる感があるのは残念。これはまったく個人的な好みだけれど、縮れ麺の方がいいかもしれないと少しだけ思った。細切りのメンマもいいし、海苔を添えるにしても盛られた白ネギとどんぶりの縁に海苔を渡すように盛りつけ、海苔が直接スープにつからないようにするなどの配慮もいい。ご存じのようにスープの中に海苔をほったらかしにしておくと、スープ自体の風味がだいぶ変わってしまうものだ。

で、Wスープのことを少しだけ考えてみた。Wスープが流行りだしたのはまず東京、ついで大阪だと思うのだが、京都にもその波は確実にやってきた。きちんと数えてみたわけではないが、比較的最近オープンした店でWスープが占める割合はけっこう大きいような気がする。鶏や豚をベースにした動物系のスープに、魚介系の和風だしをあわせたものを総称してWスープといっているわけだが(魚は動物ちゃうんか、とか、昆布は魚介ちゃうやろ、という話はおいておいて)、当然ながらいろんな種類がありますよね。三週間ほど前に東京に行った折には、ガイドブックを見て、僕が用事で訪れたエリアにあるお店の中では一番大きく載っていた二店に行ってみたのだが(ちょっと恥ずかしいね、これ:笑)、どちらもかなり濃厚なWスープのラーメンだった(高田馬場、「俺の空」と「渡なべ」)。京都でいえば「きゃら」のスタイルに近いだろうか。その一方で、先日このブログでも書いた「らぁめんつづら」や、大阪からの出店だが拉麺小路の「上方ざんまい屋」、あるいは堺町竹屋町の「麺屋○竹」(ただし僕が最後に行ってからいくらかスタイルが変わったようである)などのように澄んだ動物系スープに和風だしをあわせたものもある。今回の吉田屋さんのはその中間。ある意味で新しい試みといえるかもしれない。もっというと、動物系スープと和風スープのバランスもWスープのキャラクターを決める大きな要素だ。僕は個人的には一口すすると鶏、次の一口は鰹、みたいにどちらともつかないバランスこそがWスープの魅力だと思う。その意味でも吉田屋さんのWスープはじつに楽しいスープだった。

さっきWスープの「濃さ」のことを書いたが、濃いめのWスープのラーメンを食べたときにいつも不思議に思うことが一つある。あの独特の「苦み」である。焦げた食べ物に感じるような種類のあの苦み。ときには、真っ黒に焦げてしまった焼き魚の背びれを食べたときのように、苦みとともに酸味すら感じることがある。あれはいったい何なのだろう。もちろん小魚のワタが取れていない、とかそんな初歩的な問題ではないだろう。鰹だしを煮詰めるとああいう風味が出るのか? 煮干しをゴンゴン炊いたらそうなるのか? いずれにしても濃い動物系のスープと拮抗できるぐらい濃い和風スープを作り上げていくさいの副産物なのだと思うが、僕は正直あまり好きではない。そんなことをいうと、Wスープのラーメンを食べる資格がないとか、あれこそWスープの魅力ではないかと仰る方もいらっしゃるだろうが、残念ながらあの風味を旨いと表現する境地には、僕はまだ達していない。吉田屋さんのスープもその点は少しだけ残念な思いがした。

最後にもう一つ。Wスープのラーメンを食べるとき、嫌でも考えてしまうのが同系の違ったスープ(例えばあっさりにWスープだったらうどんだしのことを思いうかべてしまう)である。どれだけ鰹がきいていようが昆布がきいていようがラーメンスープはラーメンスープ、無論そうなのだが、Wスープに鰹や昆布、煮干しの風味を感じる瞬間には、無意識のうちに和食のスープのことが頭をよぎる。これはもう本当に個人的な好みの話になってしまうのだが(いや、ここまでもそうだった:笑)、和風だしにはみりんや砂糖の甘味がじつによく合う。それはWスープとて(とくにあっさりしたものであれば)同じだと思う。あっさりのWスープであれば、ほのかに甘味を感じることのできるWスープが僕は好きだ。吉田屋さんのWスープももうほんのわずか甘味があれば違った色気が出てくるのにと僕は思ってしまった。

吉田屋さんでのおいしかった体験を書いているつもりが、ついつい身勝手な注文まで書いてしまったが、本当においしかったし、この先目のはなせない一店でもある。今後にますます期待、である。

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Chateau d'Armailhac 1998 : Pauillac ほか

二日空けてブログに書くという微妙なことをしているので自分でも日付の感覚が狂いつつあるのだが、一昨日9日の晩ごはんは寿司。久しぶり(でもないか)に河原町六角の金兵衛に行った。何ヶ月前からか営業時間が短くなり24:00閉店になったのはじつに残念。

帰りに先日はどうもの挨拶だけしに某ワインバーへ。挨拶がすむといつものごとくブラインドで。

一杯目はシャンパーニュ。Boizel Joyau de France 1995。これは絶対わからないから、とノーゲームに。で、二杯目、三杯目は白。Vincent DauvissatのChablis 1er Cruと、Pascal JolivetのAttitude Sauvignon Blanc。どちらもミュスカデと思いぜんぜん×(笑) シャブリにでは、酸味がないけど……と思いつつもミュスカデと考え、え、でもシャルドネじゃないですよね?、と致命的発言(笑) アティテュードにしても、つい先週の日曜日に2002を飲んでいるのにぜんぜん気がつかないとは。ようやく赤の代表品種がわかりかけてきた僕には白はまだまだ。

ここまではずしてやっと赤。四杯目がMarius DelarcheのPernand-Vergelesse Les Vergelesse 2001。ピノまでは正解。ボーヌかな?、と思えたところまではよしとしよう。しかしPernandという村は知らなかった。ワイン自体はピノらしい果実味もあるが三、タンニンが比較的強かった。それでボーヌかなと思ったのだが、アロースコルトンも近いと聞き何となく納得。五杯目はChateau d'Armailhac 1998。ポイヤックまでは見事正解。サン・ジュリアン寄り(甘味は強いがサン・テステフのような凝縮感とは違う)、五級、1999〜2001、と答えたが、五級はともかく細部は全部逆(笑) でもいやいやこれがすばらしい、ぜひ一度ボトルで試してみたい一杯でした。若くて飲んでもきっちり果実味が出ていて、きれいな熟成が感じられる、というまさに五級の鏡(?)のようなワイン。

その後はDujacのマールを飲みDavidoffを吸って帰宅。
じつはこの日、一口だけすばらしいワインをいただいたのだけれど、その話はまたいつか(笑)

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2005.06.10

「京都ラーメン四天王」の話:大栄【烏丸椥之辻西入る南側】

僕は京都に来てほんの15年ちょっと。僕なんかが京都に来るよりずっと前のことだが、京都には「ラーメン四天王」といういい方があったそうな。

京都が長い人はもちろんそんなことご存じかもしれないし、そうでない京都在住の人も、店の名を聞けば、ああ、あの店という店ばかりである。いにしへより伝わる京都のラーメン四天王とは、新福菜館、第一旭、ラーメン藤、そして大栄である。第一旭、ラーメン藤は京都を中心にFC展開、また新福はラーメン博物館にも出店していたし最近コンビニで新福監修のカップ麺というのを見かけた。京都市内の繁華街に支店がないぶん、ラーメン藤は若干知名度では負けているかもしれないが、これら三店はどれも、四天王時代以来順調な成長を遂げているといえるのだろう。それに比べると大栄がたどった歴史はいくらか数奇なものだった。今日僕が行った大栄は大栄の創業者から店を譲られた新オーナーが営む大栄なのである。元々のオーナーがふたたび「大栄」の看板を掲げた伏見の「本家大栄」は今はもうないそうである。河原町丸太町の「本家大栄」の出自は僕にはわからない。

四天王系のラーメンには明らかな共通点がある。
 (1) 麺はもちろん近藤製麺、中細ストレート麺、
 (2) スープは鶏ガラ+豚骨、豚骨のみ、豚肉のみなどベースはさまざまでも、どれもコクがあってもさらっとしているというタイプ、
 (3) 叉焼、モヤシ、青葱が基本アイテムでどれも多め、
 (4) 叉焼の味付けは濃すぎず薄すぎず、肉の旨味がしっかりと感じられる、
 (5) 辛子味噌がよく合う、
などがそれだ。そしてこれらはたがいに密接に関係しあうことによって一つのスタイルを形成している。例えばラーメン藤では豚肉でスープを取るから、スープを取るためにも豚肉はたくさん必要、だから叉焼が多くなる(新福もスープで叉焼を煮ていたのでは)。それじゃあこれをおかずに麺を食べようかということで、味付けは肉の旨味が感じられる味付けに、そして麺は食べ応えのある麺になる。「麺をおいしいスープでちゅるっと食べること」に主眼がおかれていないから、縮れ麺である必要もない。四天王のラーメンを食べることは、たっぷりの叉焼をおかずに麺をむしゃむしゃ食べるということを意味すると僕は思う。モヤシという野菜までついて、もはやこれは一品の料理というよりは、これ自体が一回分のごはん、一つの「膳」として完結している(だから量も十分お腹いっぱいになる量なのだと思う)。これらの特徴は、麺はこれ、叉焼はこれ、と恣意的に選ばれたものではなく、たがいに有機的に結びついていて、それ自体がおのずと「おいしい食べ方」を僕たちに教えてくれている。その意味で「スタイル」であると僕は思う。歴史がはぐくんだ一つの「スタイル」なのだ。

さて、そんなわけで昨日は大栄に行ってみた。さすがは四天王の末裔、見事な叉焼おかず系醤油ラーメンだった。これでもかとのせられた叉焼の旨味はおかずとして申し分なく、また麺も時間が経つほどにスープを吸いこみ「主食」の役割を果たしている。そして何せスープが旨い。若干腹一杯になりすぎたが(笑)、至福の一時だった。四天王恐るべし、である。

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クリアスープ系ラーメンの話:ラーメンやなぎ【東大路富永町南西角】

昨日(というか日が変わったので一昨日、8日)はその後いつものバーでちょろっと飲んで、まだ晩ごはんを食べていなかったと思い出し、祇園方面を徘徊。

朝五時までやっている「てんみん」という名のラーメン屋があるらしい。これを数日前から探しているのだけれどなかなか見つからない。もしや閉店?、とも思うのだが、昨日も住所を地図で探して出かけてみた。しかし結局見つからず。およそすべての京都のラーメン店を網羅しているのではないかと思われる某ホームページにもこの店の記述はなく途方にくれている。どなたかご存じの方がいらっしゃれば情報おまちしています。

それはともかくとして、お腹も空いたので「やなぎ」に。澄んだあっさりスープ(以下、クリアスープ、と呼ぶことにする)のラーメンだ。やなぎのクリアスープはあっさりなのにしっかりしている。旨味は十分で甘味すら感じるし、場所柄、あるいは時間的な問題もあるのだろうけれど、塩味、醤油味もしっかりしている。やや細めのストレート麺も少し堅めにゆであげられていて、麺をちゅるちゅるっとすすりながらスープを一口、というのがじつに旨いのだ。

もちろん、このようなキャラクターはやなぎだけのものではなく、旨いクリアスープ系ラーメンすべてに共通するものだろう。そしてまたクリア系共通の問題が、そう、化学調味料という問題だ。澄んだスープのあっさりラーメンを食べ終わり、ああ、おいしかった!、と思う間もなく口の中に化学調味料のあと味がこみあげてくる、という経験は誰にでもあるだろう。

僕はべつに化学調味料は嫌いじゃない。控えめに使ってあったらたぶん僕は気がつかないと思うし、ほんとにおいしいのなら、むしろそのために食後のぴりぴり感をがまんしたっていいと思う(ほんとにそれがおいしいのだったら、だけど)。やなぎは、一年ぐらい前に初めて出かけたときには化調のあと味が気になったが、最近はごくごく控えめ。これぐらいだったら十分許容範囲だと思うのだがどうだろう。

やなぎのことを書こうと思ったのにはわけがある。この10日間ほどで、クリア系の名作!、と思えるラーメンに何度かでくわしたのだ。最初に見つけたのが「みみお」(四条大和大路下がる西側)。居酒屋なのだが「高山ラーメン」を出しているお店(岐阜は長かったのに本場で高山ラーメンなるものを食べたことがないのが残念)。たぶん鶏ガラ×和風スープだと思うのだが、旨味が強く食べ進めるほどに麺とからみ◎。それから梅小路公園近く、「らぁめんつづら」(七条壬生川西入る北側)の「つづらのらぁめん」。澄んだ動物系(たぶん鶏ガラ)のスープに和風スープを合わせている。店内の貼り紙には、子どもから年配の方まで楽しめるラーメンを目指して、といったメッセージが書かれているが、その意気込みがラーメンに見事に反映されていると思う。そして、出町柳を上に行ったところにある「らーめんまあち」の「らーめん」。こちらはとんこつのクリアスープという変わり種である。とんこつゆえに独特のにおいがするが(ただしいわゆる「とんこつ臭い」というやつとは違う)、力作。麺もオーダーメイドに変わりがんばっておられる。やなぎは違うが、これら三店はどれもまだ新しい店なのだ。さらに、みみお、まあちのオーナーはいわゆる若手である。ラーメンの作り方(毎回の調理、というだけの意味ではなく)自体がすごい丁寧で、ラーメンに対する真摯さがラーメン自体に表れているのも共通点だ(口だけで愛情を語るのはたやすいことだ)。僕の場合ラーメン店には、進歩していくことよりもむしろ、「いつもの味」をいつまでも変わらず提供してくれることを知らずしらずのうちに期待してしまっているような気がするが、不思議とこの三店に対しては、これからもっと旨くなるのでは?、という期待感を感じる。京都式こってりラーメンに対するクリア系の静かな逆襲である。

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2005.06.08

博多一風堂錦小路店【東洞院錦小路東入る南側】

家からもさほど遠くはないので何度も行っているお店。今日は白丸元味〔¥650〕。

ここに一風堂ができたときもやはり行列ができた。僕が初めてこの店に行ったのは、その後ずーっと後になって、週末ででもなければ行列ももうできないぐらいになってからのこと。そのときは赤丸新味を食べたのだが、スープを一口すすって、???、と思った。要は、ふつうじゃん!、と思ったのである。当時はわりと、それまでの博多のとんこつのイメージをくつがえすようなラーメン、といった紹介のされ方が多かった。「新味」というネーミングもその文脈で理解していた。だけど、(悪い意味ではまったくなく)スープが白濁をとおりこし煮詰まるぐらいまで豚骨をガンガン煮たスープに醤油をあわせたラーメンというのは京都ではけっして珍しくはない。だから、博多の豚骨ラーメンとしては「新味」なのだ、と僕は勝手に解釈した(だからといって一風堂がごくごくどこにでもあるレヴェルのラーメン店だというつもりはない)。

その後、白丸元味にも挑戦、そしてもう一度びっくり。赤丸新味=博多系豚骨ラーメンとしては新しいアプローチ、に対して、白丸元味は博多系豚骨ファミリーの嫡男、のようなイメージをまたもや勝手に想定していたのだが、少なくとも僕が京都で食べたことのある「長浜ラーメン」などよりは、京都に起源をもつあるラーメン店の味に似ていると感じたのである。そう、天下一品だ。白丸は豚骨だし天下一品は豚骨は使っていないと公言している(公言、と書いたのは、異論もある、ぐらいの意味だ)という違いもあるし、白丸はテンイチだといったら怒りだす一風堂ファンの方もいらっしゃるだろう。もちろん白丸はテンイチほどドロっとはしていないし、白丸のスープにはテンイチ特有のきめの粗さもない。だけど似ているのである。今日はそれをもう一度確かめたくて一風堂に行ったのだった。

行ってみて、白丸を久しぶりに食べてみて(一風堂にはちょくちょく行くが白丸を食べるのは今回で二回目だ)、やっぱり似ていると思った。相変わらずどこがどう似ているのかはうまく説明できないのだけれど。赤丸だって白丸だって京都人にとっては珍しくないはずなのに何で列ができたのだろう、とか、テンイチとか絶対無理〜、なーんていいそうな女の子までなぜ一風堂ならOKなのか……すごくおもしろい。

何はともあれ一風堂はけっこう好きだ。堅めの麺がちょっとだけ柔らかくなったところをスープと一緒にじゅるっ、とか至福の瞬間である。モモにしては直径が小さいからウデとかかな、叉焼も嫌いじゃない。

最後にもう一つだけ。初めて一風堂に入ったときから、なんでこんなに麺が少ないの?、と思っていたのだが、この秘密は九州出身の知人夫婦が教えてくれた。彼らがいうには、九州ではラーメンは「ごはん」ではなく「おやつ」なのだそうだ。家に帰ったらごはんはあるけど小腹が空いたから学校の帰りにラーメン屋、居酒屋で飲んでごはんも食べてるんだけど帰りにいっぱい、そういう感覚らしい。そういう意味では高校生のマクドナルドやおじさんたちのお茶漬けの感覚がラーメンなのかもしれない。それゆえの替え玉システムか、と納得した次第。でも一風堂で赤丸食べて替え玉たのむと¥750+¥150=¥900。ちょっと高いかな(笑)

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2005.06.06

Bourgogne Passetoutgrain 2001 : Robert Groffier

先週、ついつい大量(というほどでもないけど)のワインをネットで発注。家にこもって仕事をしていると、ついついこういうよけいなことをしてしまう。おまけにあれこれ考えて頼んだワインが家に届いたら、すぐにでも開けてしまいたくなるのが人情(じゃない人もいるのかしら?)。そんなわけで金曜日の深夜にはいつも行くショットバーから友人一人を持ち帰り、さらには「面白いワインを開けるから」といつも行くワインバー(別店)のソムリエI氏まで呼びつけて、深夜……というか早朝のワイン大会。

この日はいろいろ飲んだのだが、そのうちの一本が表題の一本。I氏がうちに来てくれるのは今回が二回目なんだけど、その辺りから彼にブラインドをやらせていじめる、というのが家人との間でプチ・ブームになっている。もちろん彼はプロフェッショナルだから何を飲んでもまっとうなコメントを返してくれる、それだからこそ「いじめ甲斐」があるわけで、ある意味「あそんで」もらっているのだけど。で、彼の店では僕がブラインドでワインをもらう。前回行ったときにはEmmanuel Rougetのパストゥグランが出てきた。もちろん僕は、ピノ、絶対ピノ!、と言いはりはずしたわけだが、そのエピソードへのアンサー・ワイン(?)ということで彼に勧めてみた。

で、I氏、たしかにスパイシーな香りが強かったのだが、「うーん、ローヌかなあ」とのたまわってはりました(笑) それはともかく、ルジェのパストゥグランが印象に残っていたのでグロフィエを買ってみた僕としても、ちょっとがっかり、というのが本音だった。

ところが、なんですね、これが。その日飲みきれなかったこのワイン(いろいろ開けちゃったので人気なかった、パストゥグランってほんと気の毒)、空気を抜いておいておいたのですが、昨日、つまり最初に抜栓してから約36時間後にあらためて飲んでびっくり。空気を抜いていたので印象はほとんどかわらず、一杯目は、これじゃローヌと間違われるか、などと思っていたのだけど、その後みるみる開き僕がピノ100と間違えたルジェと同じぐらいの果実味が。正直びっくり、でもちょっと嬉しい一本でした。

でもそれぐらいのポテンシャルがあるのだったら(ルジェにしてもそうだけど)、なぜわざわざガメイと混ぜてパストゥグランにするの?、という新しい疑問も。パストゥグランにピノ的魅力を見つけてよろこんでいるようではまだまだ甘いのかも。パストゥグランの魅力を見つけなくては。

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天天有四条烏丸店【四条烏丸下がる西側COCON烏丸地下1F】

で、さっそく今日行った店の話。
COCONの天天有は今日が二回目。前回は中華そばの「丸」を食べたのだが(感動!)、今回は「角」を〔ともに¥630〕。前回の丸は鶏がらと野菜をじっくり煮込んだスープ、ということで、とろっと甘く仕上がっていて、昔(10年ぐらい前ね)食べた本店の味に近いような気がした。「角」は一味、背脂を加え……ということなんだけど、別にそんなに辛いわけでもなく、もともと濃いから背脂でどうのということもなく、何がちがうかといえば、甘みが控えめなことと、やや濃度が強いことかな。天天有(本店の方ね)の味がかわったとお嘆きの昔からのファンにはまるがお勧め、天天有は初めてという人には角がお勧め、なのかなとも(とはいえ、京都のこってりになれていない人にとっては角でも「え゛」かな:笑)。もっとも本店の方もヘヴィー・ユーザたちにいわせると「行くたびに味が違う」店なので、これが「丸」と「角」の一般的なちがいかどうかは怪しいけれど。

それはともかく、前回も今回もよかったのが叉焼。たぶんモモだと思うのだけど、やわらかくしっとり。薄切りなのにしっかりと肉の味がして格好のおかずなのですよ。もちろん叉焼の位置づけというのはお店によってそれぞれで、こういうスタイルだけが絶対、というわけではないのだけれど、麺をくるんで食べておいしい叉焼、ということでいえば、これまで食べた叉焼のなかでも一、二を争うんじゃないかな。叉焼の話とかまた書いてみたいな。

他にのっていたのはメンマにモヤシ、青葱。モヤシ、青葱はどっちもしゃきっとしていて○。モヤシの臭いも気になったりすることもないし、わりとざっくり切ってある青葱の小口切りも○。卓調の辛子味噌、最後にちょっとだけ試してみたけど、わりと派手に味がかわるのでちょっとびっくり。それはそれ、これはこれ、という感じでしょうか。

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BLOGをつくる

今年の3月にHPでランチ日記をつけはじめた。日記という柄じゃないのはわかっているけれど、昔、「ワイン日記」なるものをつけたときはいちおう一年もったのでもう少し続くはずだったのだがあえなく挫折。理由をいろいろ考えてみたんだけど、まずランチに絞ったのがまずかった。行きたい店はいっぱいあるけどその半分ぐらいはランチタイムが14時ぐらいで終わっちゃう店。ふつうの人がお昼ごはんを食べるときにランチをしない生活をしているから(ということにもその時初めて気がついた)、そもそも毎日「ランチ」を呼べる代物を食べていなかった。そして更新の手間。写真まで載せようと欲ばったテンプレートを自分で作ってしまったので、ランチに行く→デジカメの写真をPCにおとす→コメントを書いてFTPでアップロード、というのが結構めんどくさかった。私設ホットスポットになっている某バーで更新、などと考えていたが、そこも毎日行くわけじゃないから挫折。

で、今回はその反省を生かし、
 (1) 食べもの、飲みものを問わず書こう
 (2) BLOGでらくらく更新
 (3) 原則写真はなし
ということでしばらくやってみようかと(笑)

まあ、どれだけ続くかはわかりませんが。

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